2:08 随喜

「随喜」 戸川光迺作
戸川光迺 様
東京都 男性 30代
mail homes.gif南台二丁目書道部
「随喜」 戸川光迺作

随喜(ずいき)

 

他人の喜びを、わが喜びとして共に感じる心

半切1/2サイズ。油煙濃墨を使用。冬期の乾燥した気候で中国紙を使用したので 「随」最終画の払いの部分で力を入れたら、紙に穴が開きました。これがいわゆる 「点画の骨法、紙背(しはい)に透徹す」の境地であろうか(ちがうちがう)



コメント(8)

和様の書で、何かなつかしく重みも温かみもあっていいですね。「随喜」という座右の銘にも合っていてすてきです。
ブログにこの頃お書きになっている小説も面白いです。
このサイトを続けていてよかったと思います。スポンサーにもなってくださっていてありがとうございます。

コメントりがとうございます♪

和様の書――これが何とも興味深い話ですが、自分の書作の
原点というのが、小野道風であり大燈国師であり、和様の
タップリとした丸みに墨跡の豪傑な意気。残念ながら
そうした和様や墨跡について語れる書友がいないので
寂しい限りです。結局、江戸時代の「唐様」に受け継がれ
お祭りの幟り旗とか魚屋の看板にそういった豪快な書風は
受け継がれ、いつしか広告デザインと区別がつかなくなった
という弊風もあります。横浜中華街の料理屋看板と、築地の
魚屋看板は基本が一緒です。それは清朝歴代皇帝、特に
乾隆帝の好んだ書風と通ずる楷・行書への執着です。それに
静かな反旗をひるがえしたのが、清朝に圧政を強いられた
もと明朝の文人遺民たち。その流れを汲む近代書道界が
唐様や和様を「倭臭」として排除したがるのは当然の流れと
いえばそれまでの話なのですが。

こんな話を小説でやっていきたいと思います(笑)
まずは築地と中華街に取材です。
良く見るとこの作品、中華料理屋の看板に似てますね!

なるほど、清朝を担ぐしかなかった文化人の気持ちのはけ口が日本の書道にもね、何か納得できます。日本ではお家流で事務が執られていたので清の書体と似てますね。実務的なのでしょう。このごろ平安期のかなも復活して良いですね。飽きると復古。
中華料理屋の看板、似てるかも。顔真卿風もよく見ます。

これは又鮮やかなる「随喜(ずいき)」ですね。厚みもしっかりあって、小野道風や大燈国師にも負けていませんね~とはいっても余り小野道風大燈国師を理解している訳ではありませんが~。
豪快さにおいても、顔真卿と対当できそうです。

鮮やかな「随喜(ずいき)」ですね。中々真正面から何事にも取り組めない私達ですが、寄り道をしないで真正面から取り組みなさいと教えられているようです。光迺さんの<書道うんちくの小説世界>も初めて読ませて頂きました。王羲之や小野道風、弘法大師空海が出てきたり波乱万丈の羅山さんですね。

ふざん様

コメントありがとうございます(´ω`)
ウンチク書道小説が意外と評判良く、書いてる本人が一番のストレス解消になっております(笑)新しい連載回もアップしまして、いつかまとめて発表する機会に当たればと思います。五月後半から、羅山が「パフォーマンス書道」の問題を鮮やかにぶった切ります! お楽しみに。

本当にありがとうございます。励みになります。

豊かな線質で堂々とした「随喜」、力強さが伝わってきます。
由緒正しいお寺に飾ってありそうです。

yukariさま、由緒正しいお寺とは嬉しいお言葉!
僕はお寺の生まれなので、そういったテイストが身に染みているのかもしれません。寺の山門や本堂の額を特集した写真集が出ていたら即買いの勢いで、お寺の書が大好きなのですハイ。

一昨年の8月でしたか、京都は宇治の萬福寺を参拝した折、あすこも寺の中に額やら聯(レン)やら唐様書道の宝庫で写真撮りまくり。途中からフラフラするなと思ったら、軽く熱中症に罹っていました。それでも楽しい山門額!


| Main |